2008年03月22日

番外編 3月22日





こんばんわ〜ひらめき
番外編です。すみません、久々のブログ放置ですが、
最近は本を読みまくっていました。

仕事で飛行機での移動が多く、しかもフライト時間が
一時間三十分と、寝るには短すぎるフライトのため
本でも読もうかとなるわけです、

上記2冊は、「反転」関連で読破をしたのですが、
「必要悪」(宮崎学)、「検察を支配する『悪魔』」(田原総一郎)
「反転」の読者としては、この中では宮崎さんのインタビューが一番面白かった。 「反転」とのダブりは多々ありますが・・・・
それでも、宮崎さんが、自分の思うところを述べながら、田中さんの考え方を引き出している。

浅草キッドの水道橋博士が、宮崎学と会ったことを非常に
興奮して語っているだけあってわーい(嬉しい顔)
宮崎学はすごい!!#63914;

宮崎学を知らない人のために、
↓以下プロフィール

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
京都府生まれ。ヤクザの組長を父に、博徒の娘を母に持った。京都の名門・洛星中学校に入学したが喧嘩が原因で退学。京大民青で山村工作隊の指導者だった家庭教師からの影響でマルクスなどを読みはじめる。啓光学園高等学校初代生徒会長時代に日本共産党に入党、早稲田大学第二法学部(現在の社会科学部)入学後、早大闘争を闘った。また共産党系のゲバルト組織・あかつき行動隊の隊長に就任し、東大闘争で全共闘と闘うなど、学生運動にあけくれた。早大在籍中は一度も講義を受講しないまま中退したといわれ、都内で株式関連を担当する週刊誌『週刊現代』記者となった。その経験を活かそうと京都府内の家業の解体業「寺村建産」を継承して経営したが、ゼネコンへの企業恐喝容疑により指名手配され、1980年7月25日、京都府警に逮捕される。同年8月9日には処分保留のまま釈放されたが、逮捕の件により金融機関の信用を失い、取引を停止されて1980年10月25日に倒産、25億円もの負債を抱えた。1984年、グリコ・森永事件が起きた際には「キツネ目の男」と酷似していたことなどから最重要参考人として事情聴取を受けたものの、鉄壁のアリバイがあったために逮捕を免れる。

このときマスコミからも疑惑視されたことを逆手に取り、自伝的作品『突破者』でデビュー、同書はベストセラーとなる。自分の家業経営や父親の職業など、特異な経験を盛り込んだものであった。また近代合理主義を忌み、突破者としての精神論を持論としている。以後、続編『突破者それから』を始め、自伝的な作品を数多く書いた。ノンフィクションが中心である。国家・官僚・政治家・市民などを嫌い「庶民」として生きることを主張した。自身の背景も絡み、アウトローへの親近感を表明している。天皇制は否定しないが、必ずしも存在しなくてもよいものとしている。元共産党党員だが「市民」や「党派性」への反感から現在は批判的である。宮崎の思想は突き詰めれば個人主義的またはアナキズム的思考が強い。

通信傍受法(盗聴法)に反対し、1999年の成立時には大々的な批判を展開(「'99年全記録」「国怪フォックス通信」など)。さらに、成立後の12月8日、2001年までの時限政党として、通信傍受法廃止を目的に政治団体「電脳突破党」を結党し、自ら総裁となった。2000年の第42回総選挙では通信傍受法反対派候補を支援したほか、2001年の第19回参院選では、新党・自由と希望の公認を受け比例代表区より出馬。結果は落選し、同年8月15日に予定通り突破党を解党した。選挙前後、宮崎が公安調査庁の協力者だったという批判もあった。なお、公安調査庁の協力者としての宮崎を担当していたのは、野田敬生であったと野田本人が明らかにしている。野田は問題となった流出文書の作成時期は公安調査庁職員であり、文書流出があった2001年には公安調査庁を辞めてジャーナリストとなっていた。

現在の思想は右翼でも左翼でもなく中道を貫いていると自称している。スポーツ紙等で人生相談を行っている他、講演活動への出演をしている。


ちなみに、学生時代からの友人に、朝倉喬司、大谷昭宏、呉智英などがいる。

当人は被差別部落の出身ではないが、著書『近代の奈落』(2002年、解放出版社)のp.448で、父が京都府綴喜郡井手町の被差別部落の出身でスリの頭目だったらしいという言い伝えを紹介。以来、自らを部落民と規定し、部落解放同盟と友好関係にある。

2004年1月、部落解放同盟の出版部門である解放出版社から刊行された『「同和利権の真相」の深層』に寄稿。この本の中で、「公開討論やろうと申し入れたんやけど、逃げまわりよった」と虚偽事実を申し立ててジャーナリスト寺園敦史を中傷したとして、寺園から解放出版社と共に名誉毀損で提訴された(討論の申し入れも逃げた事実もなかったという)。2005年5月19日、大阪地裁にて寺園の主張が一部認められ、宮崎側は敗訴した。

西原理恵子(漫画家)の本にもたびたび登場している。また、2005年12月の門真市議会議員戸田久和逮捕の時には、同胞であるという理由で強く議員を擁護した。2006年9月に経済学者植草一秀が痴漢容疑で逮捕された際にも擁護声明を出した。

公式ウェブサイト

http://miyazakimanabu.com/index.html

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に対して、良くも悪くも現在最も高名なジャーナリストである田原総一朗が問う戦後疑獄事件の闇と真相、そして検察の内情と彼の持つ闇の人脈に、元特捜豪腕検事でヤメ検弁護士であった田中さんが答える形式、帯には“日本最後のタブー”、“なぜ無実の人間ばかりがあげられるのか?”と煽情的な惹句が並び、これはと期待したのだが、、、。結論から言うと、本書での大半は、田中さんの「反転」や田原の今までの言動やジャーナリズムの中で語られてきたことの繰り返しに過ぎません。「反転」を読んだうえで本書を手に取った読者からすれば、さほど真新しくなく刺激的な内容でもなく、ツマラナイです。もうやだ〜(悲しい顔)

正直、対談相手の器の違いが、著作の内容を左右したとしか
言いようがありませんね〜。

ぷりんはあんまり好きじゃないです。
田原総一郎・・・・・・・・・・

まだまだ紹介できる本がたくさんあります!!パンチ

時々番外編をお伝えします!雷

posted by プリン at 21:35| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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